今や過去のものになりつつある銀塩写真というメディアを使った写真家として、世界唯一の被爆国の国民として、史上最悪の人災を写真感光材に物質的、直接的な記録を残したいと思い始めた。
写真感光材は光だけでなく放射線でも感光されるという特性を使って、カメラやレンズを使わずに、汚染土壌とフィルムを暗箱内に一定期間放置することで放射線を可視化できることに着目した。私は写真作家として、消え失せつつある感光材と薬品を使った旧来の写真術を用いて、福島の原子力事故の物質的な痕跡の記録を作ることを決意した。
東北、関東地方の巡礼地、激戦地跡、戦争遺跡といった名所や旧跡を中心とした、生死の記憶の強い場所から様々な土質の土壌を採集。可視化された痕跡と向かい合うことで、今生きている我々に何か語りかける、そしてこれからの人類に残すべき記録になるのではないだろうか。(2011年5月)
感光の仕組み
撮影用フィルムや引き伸ばし用写真印画紙といった写真感光材は光だけでなく、X線、ガンマ線といった放射線でも感光される。光、すなわち可視光線も放射線も同じ電磁波で、違いは波長だけである。光を遮断した箱の中で、汚染土壌に含まれる放射性物質から発するエネルギーが、写真用フィルムの表面のハロゲン化銀を感光させる。