関東、東北地方で土壌採集と露光作業といった実際の制作の前に、いくつか実験する必要事項があった。放射性物質で写真感光材を露光するということ自体は化学実験を趣味として行っている人の中では珍しいものではないようだ。X線撮影は大量の放射線を発するX線照射装置を使うので、通常は医療機関等でしか使われないが、日常品や比較的簡単に手に入る放射性物質を使えば、ゆっくり時間をかけて露光できる、というわけだ。それに加えてポラロイドを使えば、現像道具も薬品もなしに手軽に試せるので、もしかしたら結構な数の人が実験しているのかもしれない。
通常のフォトグラム(印画紙に直接被写体を置いて、露光することで撮れる影絵)であれば、光源の光量によるものの、露出時間は数千分の一秒から数秒というところだ。その後の現像処理は数分なので、浮き上がってきた画に光量不足/過多があっても、全く同じ画が不可能ながらも、近いものであれば、やり直しが効く。しかし、瞬時に露光のできるX線放射装置と比べると、大抵の場所での放射性降下物は非常に低エネルギーであるので、可視できる濃度で浮き上がってくるのに、かなりの日数が必要であると思われる。数週間、ひょっとしたら数ヶ月か。露光時間が短すぎてほとんど露光されなかった、という場合、やり直しにおける露光時間はリセットされてしまうと、新たに露光しなおすのに、また一ヶ月、といった具合になってしまう。 放射性物質の強さと感光素材の感度の組み合わせによる露光時間(日数)をある程度把握するために、いくつか行った関連実験の結果を下記にまとめてみた。
実験1 – 放射性同位体ディスク(セシウム137)- 2011年7月
確かな軌跡を定着するために、放射性同位体ディスク、セシウム137を購入。これはNRC (アメリカ合衆国原子力規制委員会) による許可なしで買えるもので、現代物理学や医療等の教育や実験に使われる。テネシー州にある供給先から、”新鮮な”放射性同位体が送られてきた。遮光される暗箱内で、四枚の写真印画紙を重ね、その上にディスクを置いて露光開始。一週間後、容器から取り出して現像してみると、しっかりとセシウムの跡が浮かび上がってきた。ベータ、ガンマ線は紙を通り抜けるので、四枚とも放射線によって露光されている。一番上から下へと順に黒い点が小さくなっている。簡易的なものであるが、ガイガーカウンターによるベータ線とガンマ線の線量は6.7μSv/hと出た。
実験2 – 粉砕したウラン陶磁器 (ウラン235 & 238)- 2011年7~9月
Fiestawareというアンティークの食器好きの方は恐らく知っていると思われる、鮮やかな色で人気の陶器の食器は1936年から42年の間、赤やオレンジといった発色にウランを色づけ(釉薬)に使っていた。この会社だけではなく、世界中でいろんな陶器の釉薬に使われていた時代があった、という方が正しい。酸化ウランの利用は二千年近く前、紀元後79年まで遡る。イタリア、ナポリ付近で製造された陶磁器には1%程度の酸化ウランが混合されており、黄色の美しい色彩を有していた。低火度釉にウラニウムを数%加えると黄色系になり、添加量を増して行くとオレンジ〜朱赤となるようだ。 私が入手したこのFiestawareの”放射性”陶器は、釉薬の15%がウランで、食器一つに付き、平均5gが使用されていたと聞く。1943年にはウランの使用を禁止され、Fiestawareを製造していたHomer Laughlin Company社のウランは政府に没収され、朱赤の陶器は生産中止に。大日本帝国における国家総動員法で、銃の弾丸製造のために鉄をかき集めたのと近い物がある。ウランで何を作ったかは記述する必要もない。 前置きはさておき、この皿は製品として買える中で最も放射性の強い物の一つだと言われている。実際の放射性汚染土壌の模擬実験するために、 この皿を金槌で粉々に砕いた後、アルミのの暗箱に入れる。一週間の露光ではうっすらと破片の形が出てきたが、まだ薄い。簡易的なガイガーカウンターによる線量測定によると、1.47μSv/h。一ヶ月の露光作業後、しっかりとウランによる感光が確認された。